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2014年2月10日月曜日

信じる。

放置して申し訳ありません。

書きたいことが多すぎて書いては消しを繰り返し。
書き終わっては見直し、違うだろうと思い保留にし。
を繰り返しては結果放置になりました。

いかんせん、
「今日はお休みなので○○へランチに来ましたー♪」
とか、
SEO狙いなのかわかりませんが「今日買った雑誌の■■が可愛かったですぅ」
などと書けないたちなのでごめんなさい。

さて、
信じるとは「人」と「言」という漢字が合わさって出来ています。
人の心が、
一般的には読めないので、
「人」が「言」う事を参考にするしかないようですねってことで解釈します。

するってぇと何ですか、
信じたいからには人の口を割らせなきゃいけないってことにもなりますね。
信じたいから人の口を割らせたにもかかわらず、
信じられないような事が飛び出す可能性もあるわけです。

しかし、
ある意味、己の勘を確定させて安心させたいからこそ、
信じられない答えを期待して口を割らせることもあるのでしょう。

じゃあ、
何を優先させるのか。

「信じる」

「信用」

「信頼」

「信念」



「人」の「言」った事を、

信じて用いる程度に済ませて傷つくことを最小限度に止めて自己防御するのか。

信じて寄り頼むことによって相手の力をも借りて己を強く保つのか。

信じてそれを念じることによって己の強さが育つのを待つのか。

それ以外にも色々あるだろうと思います。



その、どれも嫌だから信じる気持ちを「不」能にするのか。


きっと、
「不」能にしてしまえば、
一番合理的です。
「不信」になってしまえばこそ
信じることも無ければ、
裏切られることも無いのですから。

なのに、
進化したはずの人間は信じたがります。
裏切られたといいます。

なぜですか?

一番解らないのは、

「やれば出来る」

「信じるものは救われる」

「期待してたのに・・・」


なんていう、信じたくないけども、
よく聴くフレーズ。


でも、

やれてりゃしてるし。

信じて救われていれば今頃、
人間はいがみ合うことも無く世界が一つだったでしょう。

期待値が高すぎたんじゃないですか?
観察力を身につけましょう。

なんて、
思ってはいても言う人もいないでしょう。

そこを、
ひねくれている僕は言ってしまいます。
言い続けてきました。

そして一人です。
調子乗って独立開業とかもしちゃいましたしね。

ふと気づくと、
馬鹿なんじゃないかと思ったりもします。

いやいや。
馬鹿でしょ。

と
思います。


でも、
そう思って生きてきたお客さまやスタッフを始め、
たくさんの方に出会って、
ほっとしたり。
「人」の「言」う事を信じて我を張って生きていこうと思ったりもしてます。

つまるところ、
みんな裏切られることを求めているんだと思います。

良い意味でも。
悪い意味でも。

そりゃ、
良い意味で裏切られることは、
一見すると大歓迎です。

でも。

自己の立場における、
相手や物事への観察力・洞察力の
欠如へ関心は向かないのでしょうか?

逆もまた然り。

美容師という仕事には、
その両方の観点・視点が見え隠れしている気がしてなりません

良い意味で裏切られる事を望むお客様のために
良い意味で裏切る事を狙った仕事を目指して、
悪い意味で裏切ることを懸念して、
そうならないように思いをめぐらしながら仕事をするわけです。

「人」が「言」う事しか信じることが出来ない人知において
そこまで思いを巡らせて働く必要があるのかといえば、無いでしょう。

でも、
出来たとしたら。
とても素晴らしい美容師さんが増えるのではないかと
嫌な気持ちでお店を後にするお客様が減るのではないかと信じています。

あぁー
何が言いたかったんだろう。

とにかく、そう言う事です。

信じたいんです。







2013年5月3日金曜日

aimable aime の 安さの秘密。


こと在る毎に色々な方に
「こんなに安くて大丈夫なの?」
「こんな価格で元取れるの?」
「商売成り立ってるの?」
などと疑問を投げかけられたりご指摘を受けます。

答えは全てに「いいえ。」です。

良い訳無いです。
商売になんかなりません。
自分でも馬鹿ではないかと思います。

では、なぜそうするのか?
答えは簡単です。

暗い世の中で少しでも、
今より明るい未来を見たいからです。

それが、自分本位か否かの違いだけです。

己が属する業界や地域、そして生活レベルや階層、
その他諸々の柵や視野に入るもの、
センサーの感知し得る中において関わる、
全ての人の中にあって、
今の自分がどうすることによって、
今後がどうなっていくのかを予測する対象が、

まず自分。

ではなく、

周りの色々な事柄や関わる人達によって、
生かされている実感の下にある自分。

になっているだけの話です。

お客様商売をしていく上での基本は、
お客様の利益追求に尽きると思っています。

簡単に言えば、
自分の職業や仕事場を外から見れば良いと思うのです。

どう見られているのだろう。
どう見られたいのだろう。
に始まり

魅力的だろうか?
その魅力は何か?何に起因しているのだろうか?

仕事場の色々なことに言い訳をしていないか?
言い訳を作ろうときっかけを探していないか?

「理想と現実。」と言う事場を盾に逃げ道を探していないか?

数え上げればキリがありません。
しかし、
思いつかなくなる程までに向き合い続ける事こそが、
お客様商売の辛さや難しさであり、楽しさであると思うわけです。

その努力もしないで仕事をしていれば、
人のお庭が青く見えてしまう、
ミラクル眼鏡を手に入れてしまうわけです。
いまなら、ご購入特典で思った事を変換してくれる、
僻み翻訳アプリも無料ダウンロードできますよ。

どした、藤倉。

話を元に戻しましょう。

自分の先だけを見れば道は細く暗くなりがちです。
しかし、
自分の後ろを見る余裕があればこそ、
その道すがらに立ち寄った場所や出来事が見えてきます。
そして、その全てに関わった人が見えてきます。

そのすべてを思い巡らすとき色々な感情が生まれて来ます。
喜び、悲しみ、怒り、感謝。

そのすべてが今の自分や、今の自分の立場を作り上げてきたとすれば、
その事実を素直に認めることが出来れば、
その後に浮かんでくる感情は「情けなさ。」
もしくは、
もっとうまく出来たのではないかという「後悔。」や「疑念。」
ではないでしょうか?

では、
その後に何が出来るかを思ったときに指針となるのは「人。」
であることは明らかです。

簡単に言えば「恩返し。」
を基準に進んでいけばいいのだと思っています。

生きていくうえで人と関わっていかなければならないのは、
誰もが知っている事実です。

お客様商売をしていく上で大切なのはお客様である事実は変わりません。
とある商売の神様はかく語りました。

「お客様は神様です。」

不景気が叫ばれる昨今、
この言葉は単なる「商売人の心意気。」
ではなく、
紛れもない事実になりました。

なぜならば、

その昔の市場は戦後騒乱期を例に挙げれば解る様に、
物不足の時代です。
その頃の神様は「作り手」であり「メーカー」です。
市場における価値や基準を決めていたのは供給する側でした。
モノが無いのですから、作り出す人が偉かったわけです。。
供給側が「この手間はこの金額!」
と言い切ればその値段で売り買いするしかなかったわけです。

その後、高度経済成長期に入ると神は更に人に近づきます。
モノが溢れ世の中も好景気に向けて加速していくと、
「売り手」が神になります。
あの手この手で、
お客様の購買心を煽り、買う楽しみ、所有する喜び、
新しいものを手に入れる優越感を、
お客様の心理に植え付け、また摺り込みます。
その為に流通は進化し広告は派手さを増しました。

そして、バブル期が終わりを告げ、
現在の不景気時代の到来です。
お客様も広告やインターネットで最安値を探し、
簡単に便利に欲しい物を手に入れることが可能な時代になります。
ご存知の方も多いと思いますが、
定価という表記が少なくなり「オープン価格」などという、
意味不明な表現が多用されています。
今やモノの価値を決める権利が「作り手」・「売り手」には無いわけです。
すでに「神」では無いので価値を決めることが許されないのです。
商売人の心意気はもはや存在を変えて、
現実を表す言葉になってしまいました。

「オキャクサマ ハ カミサマ デス。」

この事実を認めればこそ、
道は簡単に開けます。

ギリシャ神話のごとく、八百万の神のごとく、
皆が神になればいいわけです。

そうすれば、「神」などという概念は消え去り公平になります。

つまるところ、皆ができる事を行い自然に真っ当に生きればいいのだと思います。

「作り手」は思う価値を、自信を持って掲げるに値するたゆまぬ努力を続け。
「売り手」は知識とプライドを軸に適正な価格を流通を意識して商売を行い。
「買い手」はその全てに納得できるものにだけ対価を支払えばよいのです。

ほらみんな

「神です。」

では、「作り手」と「売り手」を兼任する「美容師」のような職業はどうするのか?
たゆまぬ努力を続け、
美容馬鹿になることなく知識とプライドを磨き続け、
適正な価格を掲げればいいと思うのです。

暇になってしまうとすれば、
それは技術にとどまることなく、接客・接遇を含む、
己の腕や思いへのおごりが引き起こした当然の結果であることを、
真摯に認め、向き合い、そして改善すれば良いだけです。
簡単に言えば、
お客様が価値を見出すに至る仕事ではなかった。
という

だけ

のことです。

なぜ、
「だけ」
なのか。

簡単です。
誰かが歌っていたように
「触らなくっても神は祟っちゃう」
のです。

「うちの価値がわからないお客様は必要ない」
「他の店とうちは違う」
「あの店が安いからいけないのだ」
そう思えば良いだけのことです。
そうすれば、お客様が傷つくだけで済みます。
きっと、二度とおいでになる事はないので何も心配は要りません。
そして、
そう遠くない未来に、
明日を心配する必要もなくなります。

「だけ」で済ませるならば当たり前の結末です。

aimableやaimable aimeが 横浜 の地で、
しかも、美容室が乱立する 元町 で続けていくために、
 「だけ」 を重視していることこそが安さの秘訣です。

aimable創業から1年間はご新規のお客様は、
全て1週間後以降にご予約をお願いしていました。
どんなに暇でも続けました。

なぜなら、開業するまでの思いや力を与えてくださったのは、
それまでの自分を評価して下さったお客様です。
いつおいでになるかわからない
それまでのお客様のために席を空けておくことは、
僕にとっては0円ではなかったからです。
だから、創業以来売り上げが0円という日は一日もありません。

そこへ一人、1匹と仲間が増え 1階 のお店 aime を作るに至りました。
お客様への恩返しが軌道に乗ったら、
次は自分に仕事や心意気を教えてくださった方々への恩返しです。
僕が始めた20年近く前は、まだまだ見て覚える・盗むのが当たり前の時代。
その中でも、
今では当たり前のマニュアル作りを新たな試みに掲げている先生達に
囲まれて仕事が出来ていた僕は、今思えばとても恵まれていました。
父を始め先生たちは、
自分達が経験した無駄を省いたエッセンスを注ぎ込んでくださいました。
だから、今度は僕がそこから更に無駄を省いて誰かを育てなければいけません。

1階はそのための場所です。

巷の美容院で今でも新卒者を教えていく過程は、
マニュアルが存在する以外は20年前と何も変わりません。
上手くなると言われるレベルに達するまでに
担当されたお客様が傷つく「だけ」のシステムです。
仮にも、痛くないだけで身体の一部を扱う仕事であるのに、
そのための練習が人形や無償のモデルさんだけで、
ある程度の無難なスタイルを切らせ、
いわば身内といえる店内や社内の人間がチェックをし、
合格すればスタイリストとして入客。

お医者様ならひどい話です。
「盲腸しか切ったこと無いけど、明日の癌の手術は大丈夫です。」
そんなレベルです。
研修医でさえ昨今では指導医の管理下で担当患者さんを持つほどなのに、
美容界は恐ろしいです。
痛くないだけで簡単に考えすぎと思うのは僕だけですかね。

aimeのスタイリストは他店やチェーン店で一般的な金額で、
切ることを許される立場にいたにも拘らず、
当店で美容学生が始めるレベルの練習からやり直し、
腕を磨いている美容師で構成されています。
基本の15に及ぶステップを経て基本のカットテクニックの勉強に入った段階から
ベテランのスタイリストの監督下でお客様に触れます。
仕上げ前には必ずチェックが入り、切り直される事も珍しくありません。
ここで間違って理解されたくないのですが、
下手だから切りなおすわけではありません。
3150円の価値はあるカットです。

しかし、創業元の 3階 aimable の6300円の金額を頂戴できるほどではありません。
切れれば良いというものではありません。
6300円の中には、接客・接遇、毛髪の見極めの知識、
毛髪や薬剤の知識、アフターケアへの責任が含まれます。
これらはお客様の有する当然の権利です。
それを、人形や無償のモデルさんからどうやって学べますか?
金額に関わらず対価を頂戴する責任下で働く事によってのみ、
身に着くものだと確信しています。
金額に関わらず、対価を頂戴する以上は、
お客様と美容師という関係は変わりません。
安いから期待度が低い、下手でも文句は言えないなんてことは、
あってはいけないのです。
勝手に「神」になってはいけないのです。
だから、6300円で支持を頂いている美容師が現場で仕事を教え、
お客様に安心してお帰りいただく。
それこそが 1階の aime を作った意味であり。
安さの秘訣です。

はっきり言って、儲けなんか出ません。

それでも続ける理由は、
美容業界全体が廃れることを恐れているからです。

では、なぜ 高単価 美容室 が主流の 元町 に、
しかも、目立つところに手頃な価格のサロンを出店して価格破壊を挑んだのか。

答えは簡単です。
そんなつもりは毛頭無いからです。

美容業界、街や地域の衰退は己の死を意味するからです。

それを食い止めるためになら、
自分の腹を切ってまで賭ける価値をそこに見出したからに他なりません。

仕入れの交渉に全力を注ぎ、
足りない分はメーカーさんや問屋さんにただ働きをし、
ギリギリまで無駄を削り、
それでも見たいと思う程の、
お客様やスタッフの笑顔がそこにあり。
お世話になった方々や出来事への無くしたくない思いが消えず。
業界や地域の衰退を食い止めようとしてくれる同志の声を待っているだけですが。

なにか?

2012年2月4日土曜日

ゆとりのゆとり。

社会に「ゆとり世代。」
と呼ばれる人たちが働き始めるようになって、
しばらく経ちますが実際に問題になっていたり、
話題になっているケース以外にどの位の問題があるのでしょうか。

そもそも、
ゆとりの何がいけないのか。
ゆとりとは何か。
脱ゆとりの教育は本当に効果があるのか。

そんな疑問が個人的には飛び交っております。

ゆとり教育。
自由な発想を生み出しやすくすべく提案された教育の方向性であったはずが、

「ゆとり。」

が生み出したのは自由な発想を伴う、
あるいは逆手に取って武器にした様な
責任を伴わない自由のように感じます。

きっと、
負の評価ばかりにフォーカスすればいくらでも突ける様な気はします。
ゆとりを武器に自由ばかりを主張すればいつかは刈り取る時期が来るように感じます。

同じゆとりでも、
どのタイミングにおいて与えられるかが、
一番のポイントであるように感じます。
何も知らない子供に最初から「ゆとり。」を与えるならば、
その子供は「ゆとり。」を理解するのでしょうか?
尺度になるものが形成されていない状況において、
「ゆとり。」は意味をなさないように感じます。

髪の毛も一緒です。
「多い」場所があるから「薄い」場所がある

「満たされないモノ」があるからこそ「満足」があるわけで。

当たり前に「ゆとり」を与えられたならば。
それが世の中にとって「善」ならば
ゆとり。がベースの世代に対して

叱る。事はおろか、注意。や意見。なんてものはナンセンスで。

存在すら危ういわけです。


その世代が悪いわけではなく、
「ゆとり。」の良さや悪さ。
言わば、使い方を教えずに「ゆとり。」をベースにスタートした、
大人たちにこそ責任があるように感じます。
しかし、
そんな事を言ったところで何も始まらないはず。
それを解ってはいても、
「最近のゆとり世代は・・・」
などと言いたくもなったりするわけです。

しかし、
「ゆとり。」から教えられたお蔭で早い段階で、
本当の意味での「ゆとり。」を知った世代もいるはずです。

ゆとりの中にありながら、
努力を怠らなかった人たちは、
比較対象が身近にいたお蔭で「ゆとり。」
の意味を知ったのではないかと思います。

であるからこそ、
社会に出てからの
出来る。
出来ない。
の格差が広がり続けて
「普通」という評価が無くなっている様な気がします。

当然、
aimableにも着々と「ゆとり。」の世代は入ってきております。

しかし、
僕は「ゆとり。」世代を受け入れるほど「ゆとり。」を持ち合わせていないので。
それよりも、
人生において「ゆとり。」なんてものは感じた事がないので、
そもそも、
ゆとり教育の仕組みや良いところ、悪いところなんてものは理解して説明できますが。

「ゆとり。」

自体が理解不能です。
何となくイメージでは解りますが、
そこどまりです。

例えるなら、

「うんこってなに?」

って聞かれて

「身体で使われなかった食べ物のかすだよ。」

なんて、賢そうな答えは出来るものの。

個人的には、
「うんこみたいな臭いがしたら、うんこだよ。」

ぐらいの理解しかないのです。

まぁ。
くさい話はさておき。

「ゆとり。」=ロス。

にしか感じれない人間なので、
F1マシンは遊びやゆとりが少ないから早いんだよ。
的な理論が好きです。
しかし、
それがゆえにセッティングが難しいんだよ。
という考え方は更に好きです。

だから、難しくて好きなんだよ。

なんて考えは小躍りします。

ゆとり世代のゆとりを取ったら、
シマウマのシマを取って「ウマ」ではなくて、
G1競走馬なんかになったりしないのか。

などとも思うわけです。

ゆとり世代から良い人材を探すのは難しいでしょうか?
そうでもないかも知れません、
なぜなら、ゆとり世代にはゆとりタップリな人しかいないので。
少しでも、昔風な人間を引けばいいだけです。

しかし、
そんな人はとっくに青田刈りされます。

では、
どうするか。

「ゆとり。」を取り除いても壊れなさそうな人間を探せばいいと思います。

そして、
「ゆとり。」を与えなければいいと思います。
褒めることなんかせずに、睡眠と食事だけを与えて、
ひたすら扱き上げれば良いだけです。

だって、
「ゆとり。」なんて教えなくても既にあるわけですから。

勝手に「ゆとり。」の良さを知り満喫し、
「ゆとり。」の意味を理解するでしょうからね。

aimable式の
「ゆとり。」世代の扱い方です。

だからこそ、
aimableやaimeの接客スタイルや、カウンセリングは特徴的と言われます。
ある意味、
武骨で乱暴だったりしているように感じたりもされますが、
ファンになって下さる方々は皆さん
「信用できる。」
と言って下さいます。

接客業でありがちな、
「お似合いですよ」
なんてことは、奥歯が浮いた時にしか言いません。
だって、
似合わないものは作りませんし、
そんなこと言うゆとりはありませんから。

常に全力で働かせることしかしませんので、
たまに「ゆとり。」なんてモノをかましているスタッフがいると、
いろんな仕事やノルマを与えたりします。


ゆとり世代なんで、無理です。
なんて言うスタッフは僕の諦めの悪さを知らない人間だけです。

そんな人には、
是非「ゆとり。」を満喫してもらいたいので、
嫌われるまでひたすらに仕事に来るように誘ったり、
家に迎えに行ったりします。

そうやって、
人に触れる仕事の責任の重大さや大変さを教えます。

僕が「ゆとり。」
を口にする日が来たら、死期が近いはずなので
僕の事を少しでも大事に思って下さる方は、
御数珠と喪服を探しておいて下さい。

では、
明日からもゆとりなく美容師を続けて参ります。
お付き合いの程を宜しくお願い致します。


2011年8月1日月曜日

働く意味。

働く意味や意義はどのように見出されるのでしょうか。
以下のアンケートによると
アンケートページリンク
93%の人が生活の為と答えている事が分ります。

当然と思う人も多いと思いますが、
不景気と言われるようになってから、
だいぶ時間が経っているのに、
まだ、そう思って働く人の多さに驚きます。

どうせ、
と言ってはいけませんが。
不景気という事は、頑張っても結果が出づらいわけですから。

生活の為に。
と思いながら働く事自体がナンセンスではないかと思うわけです。

好きな事を仕事にするのもお勧めですが。
きっと、そうなる人生を歩める可能性自体が少ないようにも感じます。
それよりも、仕事を好きになるための努力をする方が、
数倍簡単かと思います。

しかし、ただ仕事を好きになるのは苦痛です。
まずは夢を持って生きてみる。
夢とは大げさでも、やりたい事やかなえたい事を、
より具体的に考えて計算をしてみる。
そうするといくらかかるとか、時間がどのくらい必要とかが見えてくる。

アンケートの二位が貯蓄や貯金の為とあったのも興味深いです。

日本という国や政府機関を信用してないとか、
不安定な経済に心配が残るという見方もあるのかもしれません。
しかし、
その中の数パーセントの人は違っていてほしいとも思うわけです。
夢の為に貯蓄したり貯金したりという人がいてほしいものです。

そのような人が増えれば、
経済は勝手に回復し生き生きした国になるような気がするのです。

現在、日本の中に自営業者は過去二十年近くで二十万人減少していても、
その数は六百万人強。
減少した分法人化しているのかと思いきや、
中小企業数に主だった変化はなく、、、。
夢半ばで諦める人の多さを物語っているのか。
不景気のせいで、更にある気をくじく出来事が加速しているのか。

しかし、
自営業者が日本経済のかなりの割合を担っている立場に間違いはないわけです。

夢を持って働く事が大切な仕事は数あれど、
美容師ほどそれが人生を左右する職種は無いように感じます。
しかも、その仕事が「好き。」という動機で始まっていれば鬼に金棒です。

働く人やお客様に関わりなく、
そんな人に興味を持って頂ける美容院でいたいとaimableは考えます。

御蔭様で本日8月1日をもって、
aimableは横浜 元町で4周年を迎えます。
aimable aime はやっと1周年です。

色々な事がありながらも、
様々な方面の方の力をお借りしてやって来れました。
何より、こんな若造にお付き合いくださっている
お客様に育てて頂いて毎日があります。

これからも、
好きな仕事を夢を持って続けて参ります、
スタッフ一人一人にもその心得が伝わるように精進していきます。
これからも変わらぬご愛顧の程をよろしくお願い申し上げます。

2011年4月7日木曜日

あなたのために。


あなたのためにとは。
お客様商売についている人間が一度は考える事。

そこから、
常に考え続ける人、時々しか考えない人、
最初に思ったときの大変さに途方にくれて考えてる振りに徹する人。

特に今ほど普段では気にもとめないような
その些細な差が、
表に出たときはなかったのではないかと思います。

スタッフ間で、
お客様との間で、
地域の人との間で、
その他、お店に出入りするすべての人との間で。

日々の積み重ねこそが、
今の日本のような状況下で良くも悪くも、
威力を発揮しているような気がしてなりません。

こんな時だからこそ、
いつも以上に真摯に目の前のことを一つ一つこなすべきと思います。
こなすと言っても、数さばき的な表現ではなく。

自分に与えられていると感じる何かを探し求め、
現状において理解できる幅の高みに存在する「何か」

それを、人は天命などと呼ぶそうですが。

そんな大げさなものではなく、
日々、目の前にあるような気がします。

それが見辛くなったり、ボヤけたときに、
無駄とは言わないまでも、
人生において遠回りのようなことをするような気がするのです。

しかし、
長く人生を生きておられる諸先輩方は、
天命にたどり着くには、
それも必要ではないかとおっしゃいます。

しかし、
天命なるものは授かりものにほかならないと
捉えたときに、
遠回りはしないのではないかと。
感じます。

つまるところ、
授かりやすい状態に身をおいてさえいれば。
天命はすぐに自覚できるのではないかと思います。

では、
その状態とはなにか。


人と人がふれあい。
織り成す世の中において、
天命を知るに至る最短距離は、

あなたのために。

という言葉や意味、体現するに至るためのメカニズムを、
熟考することに他ならないと意識するに至りました。

本日のブログは、
なんとも哲学的で申し訳ありません。

軽く流してください。

ここ一ヶ月の生活の全てを思い直した上で、
感じたことを長めにつぶやいてみました。

皆様、
すこやかにお過しください。

2010年9月13日月曜日

家訓。

とは藤倉家の事ではありません。

aimableで働く上で必要な心構えが書かれているものです。
今までのブログとかぶるところもありますが。
覚書程度に転記させていただきます。

しかし、いかんせん内輪向けの内容なので、
書き方に疑問や憤りを感じる方もいらっしゃるかとは思います。
aimableは
こういう人間の集団なんだ・・・。
程度にご覧ください。




aimableに必要な人間

技術云々の前の段階でストップしているレベルの人間ではなく、
その前の段階の細かい仕事や考え方については、
自分がやるのが当たり前くらいに思って、
何の疑問もなく全ての作業、雑用についても自ら動ける人間である事が大前提。
そして、
やってもらった事に対して素直にありがとうが言えて、
人にやってもらった事で自分が助けられているという
純粋な感謝と敬意をもてること。

さらに全てのスタッフが、
それぞれ周りのスタッフの為に何が出来るか、
その為に自分がどう動くべきかを、
言われるまでもなく自覚・実行できる人間でいること。

それが出来て初めてうちで働く資格があるということを
忘れないようにしてください。

同じお店の中で働く中で、全ての作業について不公平は許さないし、ランクを利用したエゴも許さない。

そんな事をしなくても、
本当に努力をしている人には人は勝手についてくる、
あえて言葉にしないと出来ない、やらない、やれないという事自体そのものが、
あまりにも低レベルで時間の無駄だから、
その辺はそれぞれの立場において自分で考えるように。
どこにでもいるような、
自分はこんなに頑張っているとか、
こんなに大変だとか言う人がいるけど、
頑張るのも、大変なのも、
当たり前の話で、
そのこと自体に不満があるならば、
いますぐに美容師なんてやめたほうがいいし、
何よりも、
自分達よりも比べものにならないくらい必死に
頑張っているかもしれない他の美容師や、
お客様に対して失礼以外の何物でもないといことを本気で考えるように。


しかも、
「自分はこんなに○○してるのに」って言う奴に限って、
誰が見てもその頑張りや大変さなんて、果てしなく大したことない事がほとんどで、
そういう事を言うって事がどれだけ恥ずかしい事なのか自体を
理解していない事が多い。
そのような事実すべてが本当に恥ずかしいという事を、
今回うちで働くことをきっかけに、自覚するように。


大変さをアピールする暇があるなら一秒でも長く練習する。
人の粗を探す暇があるならば一秒でも長く勉強する、

美容師は日々、お客様の為に己の腕や知識、
人間性を磨く事に苦痛を感じてはいけない。
美容や髪の勉強はさることながら、
美容師は一般常識がないと言われることがないように、
日々、意欲的に様々な情報に興味を持ち知識として蓄えて、
確実にお客様との会話に反映出来るようにする。

ファッションセンスがある美容師を美容師の評価とする人は、
勝手に都内の有名サロンに行く。

でも、そのセンスにそれ以外の一人間としてのセンスを求める客層は、
とっくにそういうサロンの程度の低さにウンザリして
他人に言っても何のステータスにもならない個人店に来る。


そのくらいに今のお客様は美容師に対して知識という面で多くを求めている。

自分のレベル以上の知識と見解を持った美容師を探し、
やっとうちの店にたどり着いたのに、

誰かの非常識な行動一つでそのお客様をガッカリさせるような事は、
絶対に許しません。

そんな事実を受け入れる訳にはいかない。


髪が切れたら美容師としてオッケーだと思うならチェーン店に行け。


aimableにはそんな美容師はいらないし育てる気持ちもない。


自分の技術はまだまだで、
自分よりも上手い美容師なんて腐るほどいる。
シャンプー一つ、マッサージ一つとっても、
電話の応対からお出迎えの時の表情や態度、
全てにおいて
誰よりも上を目指し、意識して努力しない人には、
お客様はつかないし、ただの美容師で終わる。



そんな美容師を育てるために1階の店を作ったつもりはないから、
誰もが自分自身に一番厳しい人であってほしい。

そこまで仕事を好きになれる人間でなければ、美容師でいてはいけないのか。
そうは思いませんが、
出来れば好きな人の方が色々な面で良い結果になるような気がします。

例えば、体力的・精神的に限界の状態で働く時、
極度の緊張感や高揚感の中で働く時、
自己鍛錬や練習の際に目標を見失いそうになった時、
好きで仕事をしていれば乗り切れる。
というわけではありません。

問題は、
仕事を好きになる上での動機付けだと思います。

何のため。
誰の為に。

働くのか。
あるいは、
仕事を好きだと言えるのか。

そこが一番の境目であると思います。

ただ、
美容の仕事が好きだ。
ではぬるい気がします。

否定しているわけではありませんが。
きっと、後々に辛くなると思います。

人間、一人の気持ちや力はもろいものです。
逆に、そう思わない、思えない人は周りの人に助けられながらも、
助けられている自覚が無いだけなのです。

誰かの為に髪を切る、綺麗にする。
喜んで頂く。
その為に、日々鍛練をする。
練習や勉強をする。

いつか出会うかもしれない誰かの為に、
その方の喜びや笑顔や感動の為に日々努力をし、
美容のみならず色々な事を吸収して
他人から魅力的に見える為の自分磨きをする。

そのようなバックボーンがあってこその「好き。」ならば、
ただ、「仕事が好き。」だけではなく


第一印象で染み出るような仕事への情熱や熱意、魅力へつながり、
人やお客様を引き付け、
さらなるお客様の可能性の為に、
自分に厳しく居られる美容師になれるはずです。

そうすることは、時に辛く苦しく投げ出したくなる事もあります、
結果が付いてこないことだっていくらでもあります。

そんな時に、誰かの為の努力が好きな自分がいれば良いと思います。
そこに自分の見栄や陳腐なポリシーは存在しないので、
いくらでも新しいやり方を試せます。

それも、どこかの誰かの為の自分だと思えてくるはずです。






aimableのやり方やスタイルをみて、褒めてくださる方や、
意見をくださる方は沢山いらっしゃいます。


どうして思いつくのか。
怖いと思わないのか。
失敗した事は無いのか。
など。

新しい方法を思いつくのも怖いと思わないのも、
全ての理由はそこに自分が無いからです。



サービス業の「サービス」は直訳すると「奉仕」

「奉仕」とは
報酬を求めず、また他の見返りを要求するでもなく、
無私の労働を行うことを指します。

そこに「私」や「己」は無いのです。


むしろ、「奉げる」ことのみならず「仕える」わけです。



僕が好きな単語の一つは「奉仕」です。
サービス業だからだけではありません、

「奉げる」と言う常用外の漢字は、
美容師に大切な「手」を加えると「捧げる」となるわけなので、好きです。

己の鍛錬や努力を手を通して捧げるという、
仕事の奥深さや大変さを深く考えるよりよいきっかけを与えてくれる単語です。


そして、
失敗を気にしないのも失敗は「失って敗れる」と書きます。

何か間違いを犯した際に、そこから何も学ばなかったとすれば、
それは勉強するせっかくのチャンスを「失う」事になり、
人生の汚点にしかなりません。

しかし、
そこから学ぶ事が出来るならば、それは立派な経験となります。

「失敗」という考えが無いのも自分の見栄やポリシーの導くところの「好き」からくるような仕事への愛情ではないからかもしれません。

aimableで働く上で、そのような考えを持って働いてもらいたいです。
そして、
そのような気持ちで働く人にとって働きやすい職場を作りたいと思います。


職人:しょくにん
大工・左官・飾り職・植木屋などのように、
身につけた技術によって物を作り出したりする職業の人。


職人(気質):しょくにんかたぎ
職人に多い気質。
自分の技術に自信をもち、安易に妥協したり、
金銭のために節を曲げたりしないで、
納得できる仕事だけをするような傾向。

「職人」と聞くと何をイメージしますか?

普通に「職人っぽいよねぇー」などと言うのは、
職人気質の職人を指すのであって、
いわゆる、「職人」を指すのではないという事。

職人気質の職人はうまく生きていくのは下手でも、
人生を楽しむ事は上手。
なのだと思います。

日本では、
現在そのような職人気質は絶滅しつつあるように感じます。
間違った成果主義の横行により、
まじめな職人さんほど生きづらい世の中に
なってしまっているのではないかと思います。

ヨーロッパでは、
職人さんは大切にされている印象を持ちます。

そのおかげで職人さん側もプライドを持って働けています。

その相互関係が、職人の仕事の価値を更に高めているように感じます。

特に、ドイツにおいては「マイスター」制度が昔からあり、
(現在では時代の流れでごく限られた職種にしか残っていないですが)

ほとんどの職人さんが10代半ばにはその道に入っているようです。

日本も昔は丁稚がありましたが、
現在は、あまり聞きません。

美容・理容業界は、
その中でも結構最近までその制度が残っていた業界です。


僕の父も、住み込みの修行生活をしていたそうです。
日本の美容師事情は、しばらくは衰退の流れです。
お客様や仲間のスタッフに、
憧れを持たれながら仕事をする様な美容師さんの存在が
少なくなってきたからです。
しかも、最近の雑誌presidentのランキングでは
美容師の所得ランキングは下から4番目。


職人気質。だけが理由ならば格好も付くのですが、
それだけが理由ではないです。

労働環境の苛酷さと給料とのバランス、
しかも、
人との付き合いが9割の仕事なのに、
「人間とのかかわりに順応できない人間」
しか育てられないような環境で働く事を強要されれば、
人間だれでも病んでしまします。

とあるデータでは、
年間100人近くの美容師が自殺をしているとか・・・。

しかも、その原因の7割が鬱を伴う心身症。

「心」を強くするのは本人。
しかし、
本人の経験がその「心」を強くするのだとすれば、

周りの環境、
特にその経験に深い影響を与える
「人間」という存在はとても大事だと思います。

特に、美容師は人間的に魅力的である事が必要なはずです。
美しいもの、綺麗なものを造り出すのに、
期待感の感じられない美容師が現れたらお客様はがっかりです。

先のとがったブーツや黒ずくめの・・・・。
いわゆる美容師さんが苦手なのはそこです、

期待感を上げるために外見で誤魔化そうとしているから、
ぱっと見た時になんとなく、
ちぐはぐ。
喋ってみると、
違和感。

「良い人間」に磨かれないと、
「良い環境」に身を置けず、
その結果、良い経験を吸収できない人間になる。

悪い環境で覚えた事と言えば、

捉え方の間違っている「お客様から魅力的に見えるように。」という感覚


だから、
気付かないうちに、
中身よりも格好つける事に重きを置いてしまいがちになる。

逆効果です。





見た目が良ければよいほど、
期待すればするほど、残念でならない結果になってしまいます。

きっと、
そうでない場合は、
小奇麗にしていて笑顔が素敵なだけで、
とても魅力的に見えるはずです。

aimableでは勉強に来る子やスタッフに事あるごとに、
「素直」でいてください。と言います。

真っすぐでなかったり、
格好をつけようとする癖が付いている人間は、
徹底的に叩き直します。

格好つけることは、
ある意味お客様を見縊っている、
あるいは冒涜行為にも等しいです。

素直であればこそ技術や接客を含めて、
全ての事がすんなり修得できます。
それは、
お客様によりよいサービスをするために役立ちます。
その結果、
お客様の為になります。
自分がお客様を担当する事になった時にも、
素直であればこそ自然と素敵なお客様に囲まれる美容師になります。

格好つける事は、
自分の勝手なレベルでお客様の価値をきめつけている事になると思います。

職人気質の美容師を目指すならば、
よりよいものを求めるお客様を、
よりよい腕で呼びたいものです。

そして、

美容師としてaimableで働く事を選んだ以上は
自分の為に時間は無いと思って下さい。

なぜなら、
見たり聞いたり経験することすべてが、
これから触れることになるお客様全てに、
どの様なカタチで提供できるのか。
接客でなのか、
接遇でなのか、
ヘアスタイルでなのか・・・etc
考える必要があるからです。

だからこそ、
美容師として生きる。という表現よく考えてください。
それを人はストイックだと言いますが。

好きでやっている仕事なのですから、それが当たり前です。




2008年10月30日木曜日

最近強く思うこと。


諦めの早い美容師さんが多いように感じます。

というのも。
最近、新しくaimableにおいでになるお客様の、
美容室を変えようと思われた
動機のNO.1が、
長い付き合いの美容師さんなのに、
オーダーした髪型を断られた。
ということ。

悲しいですね。
長いお付き合いだからこそ、
その美容師さんは言えたのかもしれませんが、




お客様の方だって、長い付き合いだから解ってくれるはず。
と思って伝えたのだと思います。


もちろんaimableでも同じようなことはあります。
ただ、そこにある違いは、
NOと言わない。というところにあると思います。

これは僕の個人的な意見ですが、
お客様のご希望に対してNOと言わない為に、
いろいろなことを吸収できる自分作りをして、
毎日を生きるのが美容師ではないのかな。
と思うわけです。

いつも、仕事をしながら思います。
きっと、何も考えずに生きていると、
何となく毎日が過ぎて、
何となく幸せで、
何となく不幸せなものがあったりで・・・・
まぁ、バランスが良ければOKなのかな。と

ただ、
うんちく大好きな僕としては、
身の回りの存在や、出会いや、
出来事すべてに意味がほしいわけです。
たとえ、
帰り道にうんこを踏んだとしても、意味が欲しいです。

なので、
毎日のお客様との出会いや、その中での美容師としての自分の立場。
その為の存在意義や意味を意識して生きていたいと思ってます。

なんか重くて、うざったい感じですいません。
aimableはこの意識に基づいて出来上がったお店です。

まだまだ、発展途上なので、これからもよろしくお願いします。