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2013年5月3日金曜日

aimable aime の 安さの秘密。


こと在る毎に色々な方に
「こんなに安くて大丈夫なの?」
「こんな価格で元取れるの?」
「商売成り立ってるの?」
などと疑問を投げかけられたりご指摘を受けます。

答えは全てに「いいえ。」です。

良い訳無いです。
商売になんかなりません。
自分でも馬鹿ではないかと思います。

では、なぜそうするのか?
答えは簡単です。

暗い世の中で少しでも、
今より明るい未来を見たいからです。

それが、自分本位か否かの違いだけです。

己が属する業界や地域、そして生活レベルや階層、
その他諸々の柵や視野に入るもの、
センサーの感知し得る中において関わる、
全ての人の中にあって、
今の自分がどうすることによって、
今後がどうなっていくのかを予測する対象が、

まず自分。

ではなく、

周りの色々な事柄や関わる人達によって、
生かされている実感の下にある自分。

になっているだけの話です。

お客様商売をしていく上での基本は、
お客様の利益追求に尽きると思っています。

簡単に言えば、
自分の職業や仕事場を外から見れば良いと思うのです。

どう見られているのだろう。
どう見られたいのだろう。
に始まり

魅力的だろうか?
その魅力は何か?何に起因しているのだろうか?

仕事場の色々なことに言い訳をしていないか?
言い訳を作ろうときっかけを探していないか?

「理想と現実。」と言う事場を盾に逃げ道を探していないか?

数え上げればキリがありません。
しかし、
思いつかなくなる程までに向き合い続ける事こそが、
お客様商売の辛さや難しさであり、楽しさであると思うわけです。

その努力もしないで仕事をしていれば、
人のお庭が青く見えてしまう、
ミラクル眼鏡を手に入れてしまうわけです。
いまなら、ご購入特典で思った事を変換してくれる、
僻み翻訳アプリも無料ダウンロードできますよ。

どした、藤倉。

話を元に戻しましょう。

自分の先だけを見れば道は細く暗くなりがちです。
しかし、
自分の後ろを見る余裕があればこそ、
その道すがらに立ち寄った場所や出来事が見えてきます。
そして、その全てに関わった人が見えてきます。

そのすべてを思い巡らすとき色々な感情が生まれて来ます。
喜び、悲しみ、怒り、感謝。

そのすべてが今の自分や、今の自分の立場を作り上げてきたとすれば、
その事実を素直に認めることが出来れば、
その後に浮かんでくる感情は「情けなさ。」
もしくは、
もっとうまく出来たのではないかという「後悔。」や「疑念。」
ではないでしょうか?

では、
その後に何が出来るかを思ったときに指針となるのは「人。」
であることは明らかです。

簡単に言えば「恩返し。」
を基準に進んでいけばいいのだと思っています。

生きていくうえで人と関わっていかなければならないのは、
誰もが知っている事実です。

お客様商売をしていく上で大切なのはお客様である事実は変わりません。
とある商売の神様はかく語りました。

「お客様は神様です。」

不景気が叫ばれる昨今、
この言葉は単なる「商売人の心意気。」
ではなく、
紛れもない事実になりました。

なぜならば、

その昔の市場は戦後騒乱期を例に挙げれば解る様に、
物不足の時代です。
その頃の神様は「作り手」であり「メーカー」です。
市場における価値や基準を決めていたのは供給する側でした。
モノが無いのですから、作り出す人が偉かったわけです。。
供給側が「この手間はこの金額!」
と言い切ればその値段で売り買いするしかなかったわけです。

その後、高度経済成長期に入ると神は更に人に近づきます。
モノが溢れ世の中も好景気に向けて加速していくと、
「売り手」が神になります。
あの手この手で、
お客様の購買心を煽り、買う楽しみ、所有する喜び、
新しいものを手に入れる優越感を、
お客様の心理に植え付け、また摺り込みます。
その為に流通は進化し広告は派手さを増しました。

そして、バブル期が終わりを告げ、
現在の不景気時代の到来です。
お客様も広告やインターネットで最安値を探し、
簡単に便利に欲しい物を手に入れることが可能な時代になります。
ご存知の方も多いと思いますが、
定価という表記が少なくなり「オープン価格」などという、
意味不明な表現が多用されています。
今やモノの価値を決める権利が「作り手」・「売り手」には無いわけです。
すでに「神」では無いので価値を決めることが許されないのです。
商売人の心意気はもはや存在を変えて、
現実を表す言葉になってしまいました。

「オキャクサマ ハ カミサマ デス。」

この事実を認めればこそ、
道は簡単に開けます。

ギリシャ神話のごとく、八百万の神のごとく、
皆が神になればいいわけです。

そうすれば、「神」などという概念は消え去り公平になります。

つまるところ、皆ができる事を行い自然に真っ当に生きればいいのだと思います。

「作り手」は思う価値を、自信を持って掲げるに値するたゆまぬ努力を続け。
「売り手」は知識とプライドを軸に適正な価格を流通を意識して商売を行い。
「買い手」はその全てに納得できるものにだけ対価を支払えばよいのです。

ほらみんな

「神です。」

では、「作り手」と「売り手」を兼任する「美容師」のような職業はどうするのか?
たゆまぬ努力を続け、
美容馬鹿になることなく知識とプライドを磨き続け、
適正な価格を掲げればいいと思うのです。

暇になってしまうとすれば、
それは技術にとどまることなく、接客・接遇を含む、
己の腕や思いへのおごりが引き起こした当然の結果であることを、
真摯に認め、向き合い、そして改善すれば良いだけです。
簡単に言えば、
お客様が価値を見出すに至る仕事ではなかった。
という

だけ

のことです。

なぜ、
「だけ」
なのか。

簡単です。
誰かが歌っていたように
「触らなくっても神は祟っちゃう」
のです。

「うちの価値がわからないお客様は必要ない」
「他の店とうちは違う」
「あの店が安いからいけないのだ」
そう思えば良いだけのことです。
そうすれば、お客様が傷つくだけで済みます。
きっと、二度とおいでになる事はないので何も心配は要りません。
そして、
そう遠くない未来に、
明日を心配する必要もなくなります。

「だけ」で済ませるならば当たり前の結末です。

aimableやaimable aimeが 横浜 の地で、
しかも、美容室が乱立する 元町 で続けていくために、
 「だけ」 を重視していることこそが安さの秘訣です。

aimable創業から1年間はご新規のお客様は、
全て1週間後以降にご予約をお願いしていました。
どんなに暇でも続けました。

なぜなら、開業するまでの思いや力を与えてくださったのは、
それまでの自分を評価して下さったお客様です。
いつおいでになるかわからない
それまでのお客様のために席を空けておくことは、
僕にとっては0円ではなかったからです。
だから、創業以来売り上げが0円という日は一日もありません。

そこへ一人、1匹と仲間が増え 1階 のお店 aime を作るに至りました。
お客様への恩返しが軌道に乗ったら、
次は自分に仕事や心意気を教えてくださった方々への恩返しです。
僕が始めた20年近く前は、まだまだ見て覚える・盗むのが当たり前の時代。
その中でも、
今では当たり前のマニュアル作りを新たな試みに掲げている先生達に
囲まれて仕事が出来ていた僕は、今思えばとても恵まれていました。
父を始め先生たちは、
自分達が経験した無駄を省いたエッセンスを注ぎ込んでくださいました。
だから、今度は僕がそこから更に無駄を省いて誰かを育てなければいけません。

1階はそのための場所です。

巷の美容院で今でも新卒者を教えていく過程は、
マニュアルが存在する以外は20年前と何も変わりません。
上手くなると言われるレベルに達するまでに
担当されたお客様が傷つく「だけ」のシステムです。
仮にも、痛くないだけで身体の一部を扱う仕事であるのに、
そのための練習が人形や無償のモデルさんだけで、
ある程度の無難なスタイルを切らせ、
いわば身内といえる店内や社内の人間がチェックをし、
合格すればスタイリストとして入客。

お医者様ならひどい話です。
「盲腸しか切ったこと無いけど、明日の癌の手術は大丈夫です。」
そんなレベルです。
研修医でさえ昨今では指導医の管理下で担当患者さんを持つほどなのに、
美容界は恐ろしいです。
痛くないだけで簡単に考えすぎと思うのは僕だけですかね。

aimeのスタイリストは他店やチェーン店で一般的な金額で、
切ることを許される立場にいたにも拘らず、
当店で美容学生が始めるレベルの練習からやり直し、
腕を磨いている美容師で構成されています。
基本の15に及ぶステップを経て基本のカットテクニックの勉強に入った段階から
ベテランのスタイリストの監督下でお客様に触れます。
仕上げ前には必ずチェックが入り、切り直される事も珍しくありません。
ここで間違って理解されたくないのですが、
下手だから切りなおすわけではありません。
3150円の価値はあるカットです。

しかし、創業元の 3階 aimable の6300円の金額を頂戴できるほどではありません。
切れれば良いというものではありません。
6300円の中には、接客・接遇、毛髪の見極めの知識、
毛髪や薬剤の知識、アフターケアへの責任が含まれます。
これらはお客様の有する当然の権利です。
それを、人形や無償のモデルさんからどうやって学べますか?
金額に関わらず対価を頂戴する責任下で働く事によってのみ、
身に着くものだと確信しています。
金額に関わらず、対価を頂戴する以上は、
お客様と美容師という関係は変わりません。
安いから期待度が低い、下手でも文句は言えないなんてことは、
あってはいけないのです。
勝手に「神」になってはいけないのです。
だから、6300円で支持を頂いている美容師が現場で仕事を教え、
お客様に安心してお帰りいただく。
それこそが 1階の aime を作った意味であり。
安さの秘訣です。

はっきり言って、儲けなんか出ません。

それでも続ける理由は、
美容業界全体が廃れることを恐れているからです。

では、なぜ 高単価 美容室 が主流の 元町 に、
しかも、目立つところに手頃な価格のサロンを出店して価格破壊を挑んだのか。

答えは簡単です。
そんなつもりは毛頭無いからです。

美容業界、街や地域の衰退は己の死を意味するからです。

それを食い止めるためになら、
自分の腹を切ってまで賭ける価値をそこに見出したからに他なりません。

仕入れの交渉に全力を注ぎ、
足りない分はメーカーさんや問屋さんにただ働きをし、
ギリギリまで無駄を削り、
それでも見たいと思う程の、
お客様やスタッフの笑顔がそこにあり。
お世話になった方々や出来事への無くしたくない思いが消えず。
業界や地域の衰退を食い止めようとしてくれる同志の声を待っているだけですが。

なにか?

2011年11月11日金曜日

いたよ。

久々な更新でごめんなさい。

しばらくPCを見たくなくて、
遠ざかっておりました。

それと、
ここ一ヶ月に目標にしてたこと

髪を切る。と言う事を見直す。

作業に没頭しておりました。
何とも言えず、楽しくて楽しくて・・・。
これは煮詰まって溢れるまで放って置いた方が
面白そうな所まできたので、
何はともあれグツグツしてみようかと思っていたら。
更新を忘れていました。

この一ヶ月は髪を切りながら、
自分の周りを取り巻いてきた範囲でわかる、
美容界の歴史を思い巡らしていました。

僕が17年と言う短い美容師歴の中で
師匠として付いてくださった方々が手を焼いていたのが、
今となっては、
ごく当たり前になったカット技術のマニュアル化。

その方たちが一人前になるのを目指していた頃の
日本の美容師が育つための術は
「見る事」
そして、「こんな感じ」が常套句の口頭伝承。

徒弟制度なくしては覚えようが無い職人の世界だったそうです。
もしかすると、
その頃のほかの業界の職人さんたちもそうだったのかもしれませんね。
未だに、そのままの業界も存在することでしょう。

話は戻り、
昭和初期の美容界はまだ「髪結い」という響きが似合う業界で、
どちらかと言えばあまり万人に受け入れられたり、
憧れられるような綺麗な仕事では無かったようです。

その頃に美容師をしていたのが、
美容師になるきっかけを与えてくれた父の亡き後に、
僕を引き取って修行させてくださった「大島満治」先生。
日本における男性美容師の先駆けで、
現在のフランチャイズやチェーン店のベースに
なるようなシステムを作り各地で技術講習や講師制度を作った方です。

また、各地に働く美容師の誰もが理解できる様に、
数百枚にわたる写真を掲載したマニュアル本を作った先駆者です。
これも今では当たり前ですね。

しかし、その頃には
技術は修行を耐えて勝ち取るもの。
のような風潮が多く。
門外不出のものをマニュアル化することへの批判が多かったそうです。

そんな歴史や武勇伝の中に散らばる美容師として目指すべき、
信念や生き方のヒントやエッセンスが、
今の僕を形作るベースになっていることは言うまでもありません。
当時、言われていたことは全く理解できない事ばかりでしたが、
いま、自分が偉そうにサロンを構え、
お客様の前に鋏を持って立ち、
スタッフを教えるようになった今だからこそ解る事は多いです。

父はそんな先生の下でセコンドとして国内外について回り、
修行していた人間でした。

なので、
仕事における心得を、二人の師匠から
10年の間に二度も聞けていたことになります。

呪文のように残る言葉や表現は、
今では姿を変え、立派なDNAとして揺ぎ無い存在となっています。

そうして意味もわからず門前の小僧をしている間に身に付いたことや、
出会った方達の中に3人目の師匠が居ます。

彼の名は「益山義永」パリのサンジェルマン界隈で、
Yoshiという美容師を尋ねれば誰もが知っている人間です。
彼は30年近くサンジェルマンの「シゾー通り」(直訳すると「鋏通り」)
に店を構えて働いているパリにおける日本人美容師の生き字引的存在です。
彼は日本人美容師で初めて、パリの人気美容学校の校長もしていました。

その彼との出会いのきっかけになったのは、
大島先生の元を独立した後に
パリと日本を行き来して仕事をしていた時代の父です。

Yoshiと初めて会った時の僕は低学年の小学生。
美容師は世界中で働ける仕事であると印象付けた美容師のうちのひとりです。

その後、何度パリに行っても快く技術や心構えを伝承してくれる師匠です。
去年の様子はこちらから数回分のブログに掲載

一人目の師匠は他界。
二人目の師匠は僕を最後の弟子にして引退。
三人目の師匠はパリ。

さて、
そこで問題が起きました。

カットに没頭しながら、
ふと思うわけです。

己が充電する場所が限られているぞ・・・。

と
気付き、何とも言えない不安や虚無感に襲われるわけです。

常に新しいこと、お客様に喜んでいただける何か
を探す為にinputは欠かせません。

どこの美容院もやっていないことこそが経営理念のaimableとしては
欠かせない要素なのです。

であるが故。
であるがこそ。
師と仰げる存在が大切です。

しかし、
僭越ながら思うわけです。
今の美容界を見渡しても目新しいものは一つもなく。
一言で言えば「退屈」なのです。
なぜなら、
今の美容界の目にするもの全てが、
僕の短い歴史の中で出会った事のある、
顔も名前もどこの誰であるかが解る「誰か。」が作ったものだからです。

マニュアルやシステム、そして、
顧客や顧客満足を増加させる術。

その全ては僕が子供の頃から周りに溢れていたのです。

きっと、
それが今でも役立つのは、
それを作り出した方達が直接注ぎ込んでくれた、
情報や気持ちがあるからだと確信出来ます。

だからこそ思うのです。
教わった身の人間が、
教えてくださった方を超える方法は何か。という事を。

そして、
何かを見つけた人は、
それを教えたいのだ。という事を。


どんな歴史を見ても、
人は何かを極める作業の過程や最終段階において、
人に伝えると言う作業を天命と捉えて動く傾向にあるようです。

きっと、
何かを発見したり、創造した後に、
そのまま生を終えることに一抹のむなしさや、
何かしらの責任の不履行を感じるのではないかと思うのです。

きっと、
命の終わりを無意識のうちに理不尽だと思うほどに、
自分の中で完成されていく何かを感じるのではないかと思います。

自分の師匠達を見ながら、
そんなことを感じていました。
きっと、
彼らも「何か」に突き動かされて、
僕に様々な情報を語ってくれていたのだと思います。

そして、
師匠以外の方たちも同じように「何か」の
お陰で僕に色々なことを教えてくれていたように思います。

その皆さんに共通するスタイルは

「寛大さ」

でした。
彼らはネタばらしを恐れません。
勿体振ることなく伝えたり語ったりします。

半端な人や半端な情報を持つ人ほど勿体振ります。
そして、曖昧な言い回しを好みます。

残念ながら、
僕は子供なので愛想笑いしか出来ません。
元来、極度の人見知りなので愛想笑いは最強の武器です。

毒吐きました。
ごめんなさい。



さて、話を戻します。



では、

今の自分は何をすべきか。


髪を切り続けながら見出しました。

何かを作り出して伝えたがっている人。
なおかつ、
教えてもらいたいと思える「何か」を持っている存在。
を探さなければいけない。
と気付いたのです。

ひとはそれをメンターなどと呼ぶ場合もあるそうです。

検索基準を定めることから始めました。

・美容師
→言うまでもありませんね。

・自分より出来るだけ年上である。
→言い方が悪いですが、
 亡くなってしまうまでに会いたい順だからです。

・現役でサロンに立っている。
→申し訳無いのですが、
 オーナー職に興味は無いからです。

・新規のお客様を断らず担当している。
→向上心を絶やさない美容師である証拠だからです。

・常に有名であること。
→時代に早すぎても遅すぎてもいない、
 普遍的なものを表現し続けている証拠だからです。


そして、
奇跡的にいらっしゃいました。

peek-a-booの
川島文夫先生

以前から師匠達を含む諸先輩方から会いに行くように、
仕事を見せていただく為に足を運ぶように言われていましたが、
いかんせん、
人見知りなもので・・・。
しかも、極度の。


さて、
今更どうやって参上するか。

講習を申し込んで、
「実は・・・。」とモジモジするか。

ヘアショーのチケットを買って
「感動しました!」とか言って花束渡しますか。

どちらも気持ち悪いので却下。

しかも、
万が一にも共通の知り合いからリークするようなことがあったら、
それこそ最悪な話しになってしまいます。


閃きは訪れました。

自分の奥さんを使うのです。
彼女の髪質は
今まで切ってきた中で1,2を争う難しさ。
しかも、
技術の差が現れるベリーショート。

拷問の如く切らずに伸ばさせること数週間。
あえての、
すきばさみによる量感調整。
〔個人的には大嫌いな量感調整方法〕
そんな状態の髪をどのように仕上げて頂けるのかを
素人の振りして遠目に見学することにしました。


そして、
本人によって予約して頂きました。

3ヶ月位埋まっていることは覚悟していましたが、
運良く1月後の隙間に予約を獲得。

先日、
東京生れ東京育ち東京嫌いのクセに
青山へ行ってきました。

サロンへ入りカルテを書き待つこと10分。

先生の登場。

特に何もオーダーすることなく、
「お任せします。」
と一言。

先生のカウンセリングはとてもシンプル且つ丁寧。
髪質をパートごとに見ながら生え癖もチェックして一言。
「僕に任せて。」

それはそれは格好の良い姿。
60歳超える人の出せるさわやかさでは無かったです。

そして、奥さんはシャンプーへ。

何かを察したレセプショニストは、
僕をサロン作業スペース内のウェイティングへ案内してくれました。
一瞬バレたかとヒヤヒヤしましたが、
取り越し苦労でした。
案内された場所からは先生のセット面が見渡せる特等席でした。
多分、
混雑時にパーマやカラーの放置時間に使われる場所だと思います。

そこで、
暖かい緑茶をすすりながら、
本を読んでる振りをしながら大きい目とでっかく前を向いた耳は、
先生の仕事されている手元へ。
とてもシンプルなスライスとセクション分け。
しかし、
髪をシェープし毛束を引き出す角度は感動するほど正確でした。

手が空けばサロン内を歩き、
他の担当者のお客様をさりげなくも必ずチェック、
自分の店であるという意識の高さに、
期待通りで嬉しくなりました。

先生のお店の流儀なのか、
手が空いているスタッフは必ず先生の周りに立ち見学していました。
しかも、
余すところ無く細かい説明をしながらも
ユーモアたっぷりに教えている姿は、
父を初めとする師匠を思い出させるものでした。
そして、
個々で働くスタッフのみんなは幸せだな。
と感じると同時に、
aimableの皆はどう思って働いてくれているのか気になりました。

そうこうしているうちにセット面へ案内される奥さん。

より集中して遠目に見学します。

そこへ、
いきなり声がかかります。

「藤倉さん、先生がお呼びです。」


時が止まります。
嬉しいけど。
人見知りとしては、
内心
「ぎゃぁ~~~っ!!!!」
です。

先生は目が合うなり開口一番
「せっかく来たんだから、見て帰らなきゃ勿体無いよ。」

と仰って間髪入れずに
髪質・生え癖・対処法を説明しながらテンポよく切っていかれます。

その全ては、
期待したとおりの理に適ったものでした。
解りやすく丁寧にカットの角度の意味や、
立ち位置に至るまで教えてくださいました。

それもそのはず。
川島先生は僕の師匠たちと同じように、
日本へ現在のカットの主軸になる技術を持ち込むきっかけを作ってきた人です。
父がその川島先生の母校に当たる美容学校を僕に勧めた理由もそこにあります。

その寛大に教えてくださる様は、
自分の師匠が見学を勧めてくださった
理由を理解するのを確信に変えるものでした。

そして、
程なくしてカットは終わり仕上げを見せながら、
更に細かく教えてくださいました。

出来上がったスタイルのフォルムや髪の毛のカットライン同士の繋がりは
とても美しく、
キャリアが違うから当たり前な結果なのですが、
同じ美容師として悔しさを覚えるほどでした。

きっと、
お店の皆さんには邪魔になるくらい特等席で拝見できました。
我に返って誤りながら感謝をするようでした。

フロアで挨拶をして、
お会計を済ませて帰ろうとした時に、
わざわざ出口まで来て話をしながら名刺を下さり、
励ましのお言葉まで頂戴しました。

そこにも、
僕が慣れ親しんだ美容師としての心得を感じて、
とても嬉しくなったことは言うまでもありません。

きっと、
この人も色々なことを発見して、
伝えたくて仕方が無いんだろうな。
と感じました。

後日、
感謝の手紙を送らせて頂きました。

そうしたら、
朝一番に川島先生ご本人からお店に電話がありました。
頭の先からかかとまで定規が入ったように直立なくせに、
手が震えるほど緊張していたのはブログを見た人だけの秘密です。

2010年1月20日水曜日

仕事。

aimableのルーキー
成瀬晴奈のシャンプーチェック中です。
もちろん、というか。

なぜ?



当店の執行役員しろさんも参加です。



よりバージョンアップしたシャンプーをお楽しみください。

2008年12月20日土曜日

危機。

あのトヨタが赤字です。
小さな国家予算よりも資金のあったであろう会社が赤字です。
こずかいが足りないとか言ってる場合ではありません。
ちなみに、ここ半年で石川町周辺の美容院が5件近く廃業しました。
神奈川全体でみると2007年中は2日で3件のペースで廃業しています。
全国ワースト1の数字です。
他の都道府県に比べて桁違いの多さです。
着実に不況の波が来ていると捉えるべきか、
今までの美容界の流れから見て、然るべきものを刈り取っているのか。
僕は、両方だと思います。
刈り取らなきゃいけなくなったタイミングが悪かったとしか言いようがないです。
なかなか抜けられないと思います。
全国の美容院は21万件。
はっきりいって多すぎなのかもしれません。
だって、全国の信号機の数が19万基弱。
おかし過ぎますよね。
そして、美容師免許保有者が43万人
350人に1人が美容師の計算です。
これまたおかしい。

これから、美容室は完全二極化がとどめを打つ一年になるのではないかと思います。
2,3年前から
激安店と高級店
チェーン店とこだわりの店
というような二極化の話はありました。

確かに、神奈川の廃業のケースで一番多いのが、そのどちらでもないお店でした。
料金も技術もそこそこ。
地域の時代の流れに乗れた結果の2,3店規模の店舗展開。
エース美容師の独立による数字の傾き。

というものが目立っていました。

そんなに、すぐにお客様は増えません。

誰もが不景気のあおりを喰らっているような世の中で、そこそこが許されるわけがありません。
おしゃれな女性が多少、美容院に行く回数を我慢して安いところにはいきません。
我慢したからこそ良い美容院に行くはずです。

どこでも良いというお客様は多いかもしれません。
でも、そんなお客様を作ったのは、一部の心ない美容師です。
「どこでも良い」という気持ちの裏には「どうせ、言った通りにも、格好良くもならないし」
という気持ちがあるように感じてならないのです。

きっと、その美容師さんは自分がしたことなど覚えていません。
でも、結果として自分の首を絞めてしまっていることは間違いありません。

だから、aimableは普通の人が来てもあまり感動してもらえないです。と言い切ります。

でも、その裏には「何処に行っても・・・」と、
美容院を諦めてる普通ぶった人が、もう一度美容院の良さに気づいてもらえるといいな。
という気持ちがあるんですよ。

それに、皆生きる時間は限られています。
カットにはやはり全部で1時間はかかるわけです。

どこでも良い人にはaimableは向きません。
そんな人は、最後にaimableを選んでください。

神経を研ぎ澄まして同じ一時間を使うならば、必要とされて仕事したいと僕は思うんです。
僕だって人間ですから。

限られた時間の中で出来るだけ仕事をしていたいと思って休みも少なめです。
目指しているのは人の人生のあらゆる場所に登場可能な生涯美容師です。

来年、aimableに何かあったら、このブログの記事をもう一度読み返して笑ってくださいね。

仕事の奥深さを思い知りながら心身ともに寒さを感じる季節です。
皆様もお体には気を付けてくださいね。